「ムッシュ・モリモト」

Yumat2008-05-31

先週のカンヌ映画祭の「監督週間」に「ムッシュモリモト」Monsieur Morimotoなる日本人主演の映画が出品されましたが、一昨日、「監督週間」上映作品の上映会があり、この作品を観ることができました。


定年退職後、家族を残して単身渡仏したモリモトなる老人が、絵を描きながら一人暮らしをするも、ある日、家賃滞納で家を追い出されるところから物語は始まります。ホームレス老人となったモリモトは、行くあてもなく、大きな自作の一枚の絵を背負って街をさ迷い、ベルヴィル界隈に住む知り合いのアーティストのつてを数珠つなぎのようにたどりながら、あるときはささやかな親切に助けられ、あるときは冷たくあしらわれ、といったふうにさまざまな人と出会うことをつうじて物語は進行します。


ホームレス老人となって泊まるあてもなく街を彷徨するという設定にもかかわらず、この作品には暗さや重さが一切なく、むしろ全篇をユーモアが貫いています。それは監督の作品の作り方によっているのですが、それだけではなく、モリモトという人物のもつ魅力も大きいでしょう。


小柄で褐色の肌で、眼鏡をかけて白く濃い口ひげとあごひげとを生やした男性の姿は、表情だけ見るといかにもアジア系の老人という感じですが、そのあごひげの一部が唇の両端からくるりとまがって二つの輪になって頬からぶらさがっている。服装はスーツにベレー帽、背中にはリュックサックと、かなり個性的な組み合わせで、いつも片言のフランス語を繰り返すことしかしない日本の老人が、フランスの怪しい夜の世界を野良猫のように歩き、個性的な人たちと出会ってゆきます。モリモトが日本国内を旅していたら、「漂泊の画家」とか「放浪の画家」となって枯淡の美に向かっていたかもしれませんが、まったく言葉もつうじない異国のフランスの地にやってきて、欲望に、しかもしばしば満たされない欲望に溢れたパリの世界を漂泊するだけに、そうはなりません。その証拠に、モリモトが描いた、蝶を追いかける猫の絵は、タブロー全面がさまざまな色で鮮やかに塗り尽くされ、この漂泊の画家、あるいはホームレス老人の欲望の濃さを感じさせます。


じつはこのモリモトなる男性、実在する人物で、上映後にお話することができましたが、映画そのままの感じの方でした。定年退職後に単身で、しかもフランス語が喋れない状態で、絵描きを目指して渡仏するというところも実話です。それだけでかなりの驚きで、下手をすれば変人あつかいされかねないのですが、ソルナガ監督は、この稀有な老人に、あらゆるしがらみから自由になって純粋に自分の欲するところを追求する、無垢な人間の姿をみて映画まで作ったのでした。