サミール・ゲスミ「今日は日曜日!」

Yumat2008-04-14

前々回のブログでアラブ映画について書いたところですが、今回もあらためて。


サン・ドニの映画館L'écranで、10日から13日まで4日間にわたり、マグレブ映画祭`Panorama des cinémas du Maghreb`がありました。館内の二つの上映室で違う映画が同時に上映されたため、見れない映画がけっこうあったのが残念ですが、合計で短編8本、長編5本を観ました。



映画館前には特設テントが建てられた。


今回観たのは以下の作品。
10日
アラ・エディン・スリム「秋」(2006、チュニジア
モハメト・ブアマリ「炭焼屋」(1972、アルジェリア

12日
カディジャ・ルクレール「サラ」(2006、モロッコ・ベルギー)
フロランス=ネジュマ・ブノワ「別の場所」(2007、フランス)
ブサレム・ダイフ「マネキン」(2006、モロッコ
カルメン・ガルシア&ナディア・ズアウイ「ナディアの旅」(2006、ケベック
サミア・シャラ「勝手に逃げろ!」(2007、フランス)
ヤスミナ・ケルフィ「私の隣人、私の仲間」(2002、フランス)
ジャワド・ラリブ「エル・エヒド、利潤の法則」(2006、ベルギー)

13日
モハメト・ウズィヌ「常套句」(2007、フランス)
ローレット・モクラニ「アミナあるいは感情の混乱」(2005、アルジェリア・フランス)
ラシッド・ハミ「愛の選択」(2007、フランス)
サミール・ゲスミ「今日は日曜日!」(2007、フランス)


アラブ世界研究所(IMA)でのイベントが「アラブの女性」をテーマとしていたのにたいし、今回は「マグレブ」が共通テーマだったので、地域的には狭まったけれども、テーマ的にはIMAのとき以上に多様でした。アルジェリア映画の古典的作品で、イタリアのネオレアリズモ(とくに「自転車泥棒」)に通じるものを感じさせる(と思って調べたら監督はこのブログでも以前取り上げた「アルジェの戦い」でアシスタントをしたことのある人らしい)「炭焼屋」、しがない中年男性がマネキンに抱く倒錯的な愛を描いた「マネキン」、フランスの郊外に住むマグレブ女性たちを追ったドキュメンタリー「勝手に逃げろ!」と「私の隣人、私の仲間」、スペインの農園で働く“不法入国者”のモロッコ労働者たちの悲惨な労働生活状況を描き、ヨーロッパ内部に存在するグローバル化の影を明るみに出したドキュメンタリー「エル・エヒド、利潤の法則」など、面白い作品が多かったなかで、あえて一番面白いのを選ぶとすると、一番最後に観た「今日は日曜日!」。


小学校最終学年を終えた13歳の男の子イブラヒムが、学校での成績のあまりの悪さに希望の学校に進学できなくなった男の子が、そのことを父親に言い出せず、卒業学位が取れたと嘘をつく。それを知って大喜びの父親は、自分と息子のためにスーツを新調しにゆく。その日は日曜日で、イブラヒムにとって、彼女との初デートの日だったが、父親に逆らえず、仕方なくついていく。そして、親子そろってスーツを着て行きつけのカフェに行き、なじみの客たちを前に父親は「うちの息子はこのたび学位を取得し・・・」的な演説をぶつが、文盲の父親が学位証明書と信じた学校からの手紙をカフェのギャルソンが読み上げ、真実が発覚する。怒られることを恐れたイブラヒムはその場から逃げ出し、彼女の部屋に忍び込む。彼女はデートに現れなかったイブラヒムを許そうとしなかったが、彼の動揺を理解し、やさしくなだめる。その後、父親が家で野菜を切っていると、家のドアの前で音がして、ドアを開けるとイブラヒムがぐったりと倒れていた。父親はイブラヒムを抱きかかえ、靴下を脱がし、ネクタイをはずして寝かせようとする。その瞬間、イブラヒムは目を覚まし、怒られる怖さから嘘をつき、逃げたことを弁明する。父親はただ今日は寝なさいとだけ言い、映画は終わる。


IMAや今回観た作品のなかでは女性が主人公になることが多く、男性が主人公と言えるのはこの作品以外では「炭焼屋」と「マネキン」くらいだったのですが、この30分ほどの中編作品は、男の子に焦点を当てている点で、まず新鮮です。そして少年が親に怒られるのが怖くてつい嘘をついてしまい、それが予想もしなかったまずい事態を招いていくなかでの少年の心情と行動についての表現は、あらゆる文化的・社会的な文脈の違いを超えて、普遍性の域に達しています。その点で、物語内容や少年像の違いにもかかわらず、この作品はトリュフォー「大人は判ってくれない」に通じるものがあります。この普遍性は監督の技量と同時に、このイブラヒム役の男の子の演技によるところが大きいと言えるでしょう。口を半開きにして、少し間の抜けた感じの表情が、成績の悪い少年という役柄を完璧に表現していて、どう見ても地で演じているようにしか見えないのですが、もしこれが意図して演じたものだとしたら、天才的な子役というほかありません。



中央の男性がサミール・ゲスミ


監督のサミール・ゲスミ、もともとは俳優からキャリアを始めたらしく、いくつか映画出演の経験もあるそうです。上映後には監督とのディスカッションがあったのですが、背が高く、細身ながらがっしりとした体つきで、肉体派なのか、あまり質問への受け答えは要領を得ず、言葉数も少なめでした。もしかしたらイブラヒムは若かりし頃の監督自身がモデルになっているのかもしれないと、ふと思いましたが、そのぶんいっそう、作品だけで観るものを惹きつける監督としての才能を感じます。