ストふたたび:年金改革のゆくえ

Yumat2007-11-15

一ヶ月ほど前、ストについて書きましたが、今日はふたたび国鉄パリ交通公団のストがあり、電車、メトロ、バス、トラムが大方ストップしました。ストの背景は前回とまったく同じです。


昨日(11月13日)、「メトロ」という無料新聞に、この新聞が調査会社の「ifop」(フランス世論研究所)に依頼していったアンケート調査の結果が載っていました。それによると、今回のストに正当性が「ある」と考えている人は回答者の37%で、逆に「ない」と考えている人は62%、残り1%が無回答とのこと。約3分の2の人が今回のストには正当性がないと考えているという結果が出ました。


日本でもしもストのために交通が全部ストップしたら、おそらくは、仕事や生活に支障を来たす人たちの不満が高まり、ストを組織している団体への非難が高まるでしょう。しかしフランスではそうはなりません。フランスにストが多いのは、多くの人々がその必要性・妥当性を理解し、許容しているからです。労働者が自分たちの生活条件や雇用条件のために経営者や政府とたたかうのは労働者の権利であり、ストはそのたたかいかたの一つである、だからたとえ自分とは職業的に関係のない人々のストであり、それによって自分が多少の迷惑を被るとしても、ストを理解し、許容するという土壌が、フランスにはあります。それはさまざまな社会問題にかんしてよく言われる「連帯」solidaritéの精神の表れともいえるものです。


ところが、今回のストにかんしては、これが当てはまらないようなのです。今回の年金改革は、1995年、2003年に続いて、三度目の試みです。95年、ジュペ内閣は特別年金制度の廃止(10月19日の当ブログ参照)を目指した改革案を発表して労組の猛反発を買い、フランスの交通網は三週間にわたって麻痺しました。結局、根負けした政府は改革案を引っ込めることになりました。2003年、あらためて改革が提案され、このときは公務員の課税期間が37,5年から40年に引き上げられたのですが、95年の二の舞となることを避けるため、国鉄パリ交通公団、フランスガス、フランス電気等は対象外とされました(ちなみにこのときこの改革を主導したのが現首相のフランソワ・フィヨン社会問題・労働・連帯大臣)。そして2007年の今回、この対象外とされた人々をも一般年金制度のなかに包めようというわけです。95年のストの時は、三週間にわたって交通が麻痺していたにもかかわらず、多くの人がストを支持していたようです。それが今回は、先月のストは二、三日で終息し、今月のストも長くて一週間、短くて二、三日と予想されているにもかかわらず、世論の過半数は一貫して改革を支持し、ストに反対しています。この12年間のあいだに、連帯の精神はどこに行ったのでしょうか?


「メトロ」のアンケート結果が載っていたページの隣のページには、Gérard Mermetという社会学者のスト批判の意見が載っています。そこで彼は、次のように言っています。1995年、2003年と二度の改革の試みを経て、民間企業の労働者と公務員がみんな40年間支払っているのに、「どうして特別年金制度の受給者が連帯の努力をすることを拒否するのかわからない」。この人は今日(11月14日)の『リベラシオン』でも同じような意見を述べていました。


ここに連帯の精神の反転を見ることができます。さきに書いたように、フランス人がストを理解し、許容するのは、労働者の権利を守るたたかいを支持する連帯の精神があるからでした。その精神は95年、三週間のストを可能にし、結果として法案撤回をもたらしました。しかし、今回のストにたいする世論の反応から伺えるのは、特定の職種の人たちだけ、特別な理由もないのに37年半しか払わなくていいという特権に守られるのは不平等であり、みんな平等に40年間の負担を担うことこそが連帯の精神である、という考えです。この12年間で、他者の権利への支援ではなく他者の特権の剥奪を連帯や平等の名のもとに求めるようになったわけです。いわば、プラス方向の連帯からマイナス方向の連帯への転換が起こったと言えるでしょう。


この転換はどうして生じたのでしょうか?少なくとも、二つの要因を想定することができるでしょう。一つには、雇用の不安定化が進行し、労働者が余裕を失いつつあること。さきに引用したifsoの調査では、公共部門の労働者の52%が今回のストを「正当化できる」と答えたのにたいし、民間部門では34%に止まりました。雇用の不安定化の最大の犠牲者である民間の労働者は、安定雇用や特別年金制度といった特権を享受する国鉄や交通公団の職員にたいして同情的ではないことが窺えます。


もう一つには、政府が改革の根拠とする「フランスの衰退」の論理が世論に浸透したこと。グローバル経済の進むなかでアメリカやイギリスが繁栄を謳歌し、他方で中国やインドのような新たなパワーが台頭し、対照的に社会の古いしがらみにとらわれたフランスは競争力を低下させ、世界の潮流から取り残されて衰退しつつある、フランスをふたたび勢いづかせるためには改革は不可避であるという議論が近年よく聞かれ、それが現政権の改革を正当化する根拠になっているわけです。まさに「改革なくして成長なし」ですが、この議論はある程度フランス世論にも受け入れられているようです(具体的なアンケート結果などは手元にありませんが)。はたして本当にフランスは衰退しているのか、それは改革を推し進めるために使われるデマゴギーではないのか、という反論も散見されますが、サルコジ大統領の高い支持率(最近は下がってきましたが)を背景に、現内閣は年金改革、大学改革、公務員削減、裁判所削減などなど、公共部門を縮小させて小さな政府の実現を目指す新自由主義的な改革を次々に推し進めようとしています。


諸々の状況から考えると、おそらくはこの年金改革は実行されることになるでしょうが、今回のストをつうじて、労組側はどこまで抵抗し、政府側の譲歩を勝ち取ることができるでしょうか?