アニッダ・ユー・アリ「仏教蟲プロジェクト」

カンポジアの女性アーティスト、アニッダ・ユー・アリの「仏教蟲プロジェクト」は、福岡アジア美術館で開催中の「第3回福岡アジア美術トリエンナーレ2014」の最初を飾る作品である。作家自身が巨大な蟲になり、そのために周囲の風景から完全に浮き上がっている作品は、直ちにカフカの『変身』を連想させる。解説によれば、この作品は仏教国カンポジアでイスラム教徒という宗教的少数者として生きる自分自身のアイデンティティをテーマにしているという。彼女はカンポジアに生まれ、幼いころに難民としてアメリカに移住し、そこでアートを学び、現在はカンポジアに住んでいるそうだ。


しかし個人的には、イスラム教徒の女性(ムスリマ)が、ヴェールを被ったまま自らを作品の中で表現するということに目がとまった。それほど知っているわけではないので間違っているかもしれないけれども、ムスリマのアーティストの作品のなかで宗教的記号が直接表れる場合、たいていはイスラム教下における女性の地位の低さを問題にするためであったように思う(たとえばシリン・ネシャト)。


「仏教蟲プロジェクト」でアニッダ・ユー・アリは、けばけばしいオレンジ色の布をまとって巨大な蟲になっている。その布は、頭の被い方から見て、スカーフの延長でもあるのだろう。仏教国カンポジアでムスリマであることは、まるで巨大な蟲であるかのように、社会から徹底して異物視されるということを訴えかけるようだ。インターネットでざっと見たかぎりでは、ふだんの彼女自身はスカーフを被っていないようなので、作品中のスカーフは「仏教国でムスリマであること」を視覚化するための演出なのかもしれない。


印象的なのは、作品の中でスカーフという宗教的記号が、批判的な意味を込められずに、たんなる衣服の一部であるようにして平然と表れていることだ。焦点が当てられるのは、スカーフをまとった彼女と周囲とのズレである。もちろんこのズレは、彼女が被っている布がカンポジアという国で意味するものによって生み出されているのだろうし、その意味で宗教性と無縁ではないが、しかしこの宗教的記号は、「イスラム教における女性の抑圧」というメッセージと無縁なように見える。むしろこのけばけばしいオレンジ色は、周囲から彼女を浮き立たせ、見る者の視線を一身に集めて動じないような、むしろそれを要求すらしているような強さを感じさせる。


カンポジアでムスリマであるというのは、どのような経験をともなうのだろうか。ムスリマであることとパフォーマンス・アーティストであることは、どのように両立できるのだろうか。オレンジ色の巨大な蟲はマイノリティなのだろうか。そうだとすれば、どのような意味で?「仏教蟲プロジェクト」は、さまざまな問いを誘発する。





「学食」(2012)


「螺旋路地」(2012)


「街中へ1」(2012)


「牛車」(2014)