原爆の記憶を妨げる音

Yumat2009-05-08

先日、長崎に行く機会があり、原爆資料館を訪れました。入口から入ると丸い吹き抜けの空間があって天井から太陽がさんさんと降り注ぎ、壁つたいにつけられた螺旋状のスロープをつたって降りてゆく構造がニューヨークのグッゲンハイム美術館にそっくりだなどと思いながら最初の部屋に入ると、唐突に暗い部屋に置かれたモニターから、原爆投下から間もない頃に撮影されたと思しき映像と、被爆者たちの記した悲痛な思いの溢れる言葉が目に飛び込んできて、いきなり目が釘付けになりました。その部屋を抜けると再び明るい部屋になり、原爆の威力、人的・物的被害、一瞬にして粉々になった長崎の街の様子が、くわしく説明されています。


原爆という、どうやってもその重みを伝えきることのできないであろう出来事をどのように伝えるのかということは、難しい問題です。その難問に、この資料館は、できるだけ多くの人々に伝えることを目指して、平易に語ることを選んだように見えます。そのおかげで、この爆弾がもたらした苦難のさまを、かなり具体的に知ることができます。


ただ一つ、気になったのがナレーションです。被爆した長崎の街の状況を示す展示内容にナレーションがつけられていたり、被爆者の体験を一部ナレーターが代読していたりするのですが、被爆者の声以外の声をつける必要があるのでしょうか。この語りえない出来事に、せめて各自が静かに思いを馳せるということを、このナレーションはひたすら妨げています。目が見えない人たちのためにもナレーションは必要だ、という議論があるかもしれません。仮にその議論を認めるとしても、もう少し語り口に配慮することはできなかったのでしょうか。それらの声は全体的に明るいトーンであったり、事務的に感じられる声であったりして、そのような語り口が、この出来事の重さを伝えるのを妨げているようにしか思えません。もっとも違和感を覚えたのは、原爆が落ちたのと同じ11時02分に館内に「千羽鶴」という曲が流されることを告げるアナウンスの声。日本語と英語の女性の声で短いアナウンスが流れるのですが、まるで新幹線のアナウンスのようなその声の明るさは、ほとんど冒涜的にすら感じられます。


この資料館の横には「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」があります。死者の慰霊や追悼、平和祈念といった「記憶」の部分はこの祈念館が担い、資料館は多くの人に原爆の事実の伝達という「知識」の部分を担うというふうに機能分化されています。祈念館が厳粛に原爆の記憶を司っているからこそ資料館では徹底して平易さと分かりやすさを追求できると、言えるでしょう。また、記憶と知識とを切り離すことで、慰霊や追悼には困難を感じるさまざまな立場の人も、資料館にやってきて原爆の事実を知ることができるとも、言えるでしょう。資料館の使命が事実の伝達にあるというのはそのとおりです。けれども、あのナレーションやアナウンスは、事実そのものの重みを奪い、(慰霊や追悼としての記憶とは違う)事実そのものの記憶を妨げてしまうものがあります。それによって知識は、空疎な情報になりかねません。


平和公園を歩いたときも、横の国道を絶え間なく走る車の騒音に、追想を妨げられる思いがしました。この国道の位置を変え、公園の中にいるかぎり騒音がほとんど聞こえないような場所にすることを望むのは、この土地に住んでいない人間の勝手な夢想にすぎないのでしょうか。